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放射線科画像診断センター長の独り言      佐藤 功

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履歴の欠損事項(後半)   No.620196月)

 

 印象的なことは多々あったが、もう一点、パキスタンの人々との考え方や国としてのシステムの差である。

 ラワルピンディで種々の登録や手続きで各種の窓口を訪問した時のこと。かなり待たされ、やっと順番が来て係員と話をしていると、突然横から他の人が割り込んで係員と話を始めたことがあった。その前の順番だったのか、あるいは単なる知人の雑談とも見えなくもなく、挙句の果ては我々の手続きに戻ると、また明日来い、ということであった。

 キャラバンの途中、木々がある緑の場所には小さい村があり、登山隊には医者がいることを知っている人々が大勢集まって来る。各登山隊には連絡将校として尉官クラスの軍人が、お目付け役で同行する。地元の人との会話は、その連絡将校と英語で話し、それをパキスタンの公用語のウルドゥ語にし、それを北部の言語であるバルチー語に通訳する。帰って来る言葉の順番はその逆である。たくさんの人に薬を渡したり、靴をはいていない人もあって傷口が化膿している場合は消毒したりと、村を通るとしばらく時間をとられることになる。そんな中、我々の新鮮なタンパク質として、例えば鶏を売ってくれるよう依頼しても、まず拒否される。無料で治療をしたのに、誰も一羽も売ってもくれないことがあった。売るほどの余裕がなかったのかもしれないが。イスラム圏では持っている人が持っていない人に対し、分け与えることが常識のようで、喜捨と言う。このためキャラバン途中の最奥の村でも、はたまた都会の公共施設の係官からも要求されることが多々あった。

 イスラム圏といえば酒、アルコールが基本、飲むことができない。パキスタンではビールを飲むのにホテルによっては申請書を記載すれば飲むことができた。もう時効であるが、パキスタン入国時に日本の免税店で買ったウイスキーを一本、そっと渡すと審査なしで通過させてくれた。その反面、酒の話題を出すと顔をしかめて拒否する人もいた。

 

 登頂成功後、ラワルピンディに戻るときに合わせて家内が日本から来て合流。その後、二人でイスタンブールへ移動し、一か月ほどかけてギリシャ、エーゲ海、エジプトを全くの行き当たりばったりの旅をした。そのような自由でエキサイティングな旅はその後、縁がないし、今ややりたくても体力、気力もないのが実情である。

 この期間が私の「高所医学研究」として履歴書には記載されているが、身をもって高所の生理的変化を体験したものの、学会発表も論文発表も、全くなされていない。

 ちなみに私の車のナンバープレートの番号は、行った山の標高にちなんで7027である。

 

1906#6ラワルピンディ、バザールラワルピンディのバザール

パキスタン

 

 

 

 

 

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